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『象牙色の岩壁が眼前10センチに迫っている。見上げるとそれはアーチを画い てるように見え、明日にはまた別の形にたわんでいるのではないかと僕に思わ せた。柔らかい岩壁はきっと生きている。そして今も僕を振るい落とそうと軋 んでいる。誰にも気付かれないようにひっそりと。日の方向を追い続ける向日 葵みたいに。 僕は今それに片手でぶら下がっていた。 下には今まで登って来た岩肌が見えた。上にも飽きる事無く続いている岩と、 それにしがみつき、上へと進んで行く何人かの友人が見えた。何度も同じ所に 手を伸ばし、手探りで少しづつ進んで行く友人達を他人事のように眺めている と、何だか酷く滑稽に見えた。僕が今、この痺れはじめた片手を離せば、一瞬 で彼等の何倍もの距離を移動できるのだ。上に向かうのも、下に落ちるのも、 そう考えると結局は同じ事のように思えた。 手の痺れは限界に近付いて来ていた。 垂直の壁から垂れ下がる体にかかる重力、それは、はっきりと感じる僕を悩 ます死の恐怖だった。岩壁は見渡す限りは壁。厚い雲に覆われた象牙色は、そ の境目が曖昧にぼやけていて、あの雲を掴まなければ僕は死んでしまうんだろ うと思わせる。いや、きっと雲を突き抜ける程進まなければ助からないのだ。 くっきりと見える死の恐怖。それは苦しい。しかし今、象牙色と雲の解ける 点の向こうを考えた時、具体的な恐怖、明確な悩みはむしろ希望に思えた。 曖昧こそが真に恐ろしい。 象牙色の壁は曖昧すぎた。僕は希望に向かって手を離した』 |